最近、日本において「学歴は上がっているのに学力は低下している」という指摘がなされることがあります。これは教育関係者や社会全体にとって重大な懸念事項であり、多角的な視点からその背景や具体的な状況を理解する必要があります。
「学歴は上がっている」とは?
まず、「学歴が上がっている」という点について見てみましょう。これは主に以下の現象を指します。
- 大学進学率の上昇:
- 文部科学省の学校基本調査によると、18歳人口が減少しているにもかかわらず、大学(学部)への進学率は長期的に上昇傾向にあります。1990年代には30%台だったものが、近年は50%を超える水準で推移しています。これは、多くの高校生が大学に進学する選択をするようになったことを意味します。
- 専門学校・短期大学など高等教育機関への進学者の増加:
- 大学だけでなく、専門学校や短期大学といった高等教育機関全体への進学意欲も高く、より多くの若者が何らかの形で高等教育を受けています。
- 社会全体の「高学歴化」志向:
- 企業が採用時に大卒を必須とすることが増えたり、保護者が子どもの大学進学を強く望んだりする社会的な傾向も、学歴上昇を後押ししています。
このように、数値上は「大卒者が増え、より多くの人が高等教育を受けている」という状況があり、これが「学歴が上がっている」という認識に繋がっています。
「学力は低下している」とは?
一方で、「学力は低下している」という指摘には、様々な側面が含まれています。
- 基礎学力の低下:
- 国語力・読解力: 複雑な文章を正確に読み解く力、論理的に思考し表現する力が低下しているという懸念があります。これは、SNSの普及や短文でのコミュニケーションが主流になったこと、活字離れなどが背景にあると考えられます。
- 算数・数学の応用力: PISA(OECD生徒の学習到達度調査)などの国際的な学力調査では、日本の生徒の基礎的な知識・技能は依然として高いものの、応用力や問題解決能力、多様な情報を組み合わせて分析・評価する力に課題が見られると指摘されることがあります。
- 思考力・判断力・表現力の不足: 暗記中心の学習に偏り、与えられた情報を鵜呑みにする傾向や、自ら問いを立てて考える力、自分の意見を論理的に組み立てて発信する力が不足しているという指摘です。
- 主体的な学習意欲の減退:
- 大学進学が「ゴール」となり、入学後に目的を見失ったり、意欲的に学修に取り組まなかったりする学生が増えているという声も聞かれます。これにより、専門分野への深い学びや、自ら課題を見つけて解決する力が育ちにくいという問題が指摘されます。
- 大学教育の質の課題:
- 大学進学者の増加に伴い、多様な学力レベルの学生を受け入れる必要が生じています。一部の大学では、基礎学力が不十分な学生に対するフォローアップが十分でなかったり、教員一人あたりの学生数が増加し、きめ細やかな指導が難しくなったりするケースも考えられます。
- また、大学側も「学生集め」に力を入れるあまり、本来の教育内容や質よりも、入試の難易度やブランドイメージを重視する傾向があるという批判もあります。
「学歴と学力」の乖離が生まれる背景
なぜこのような乖離が生まれるのか、その背景には複合的な要因があります。
- 「大学全入時代」の影響:
- 少子化により、大学の定員充足が難しくなり、以前に比べて入学しやすい大学が増えました。これにより、かつてであれば大学に進学しなかった層も大学に進学するようになり、全体の学力水準が多様化しました。
- 入試制度の変化:
- 知識偏重型から、多角的な評価(推薦入試、AO入試など)を取り入れる大学が増えたことも、一因として挙げられます。これにより、ペーパーテストの点数だけでは測れない能力が評価されるようになった一方で、「学力」という狭義の定義では測りにくい側面も生じました。
- 社会のニーズの変化と教育のミスマッチ:
- 現代社会は、AIの進化やグローバル化により、知識の量よりも「変化に対応する力」「課題発見・解決能力」「多様な価値観を理解し協働する力」といった非認知能力の重要性が高まっています。しかし、従来の教育システムがこれらの能力育成に十分に対応できていないという指摘があります。
- 教育の「質」の保証の難しさ:
- 高等教育機関の数が増え、多様な特色を持つようになった中で、それぞれの機関が提供する教育の質をどのように保証し、向上させていくかという課題があります。
- 家庭環境や情報化社会の影響:
- 子どもの学習習慣や学習へのモチベーションは、家庭環境にも大きく左右されます。また、スマートフォンやインターネットの普及により、情報過多や集中力の低下といった問題も、学力に影響を与えている可能性があります。
この問題への対応と今後の展望
この「学歴と学力の乖離」という問題に対し、教育界や社会は様々な取り組みを進めています。
- 高大接続改革: 高校教育、大学教育、そして入試を一体的に改革し、生徒の主体的な学びや多様な能力を評価する仕組みを構築しようとしています。
- アクティブラーニングの導入: 教員が一方的に教えるのではなく、生徒が主体的に議論したり、課題解決に取り組んだりする学習方法の導入が進められています。
- 大学教育の質保証の強化: 大学評価の厳格化や、ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)の明確化など、大学自らが教育の質を向上させるための取り組みが求められています。
- リカレント教育・生涯学習の推進: 大学を卒業して終わりではなく、社会人が学び直しを続けられる機会を増やすことで、社会全体の学力向上と変化への対応力を高めることが目指されています。
この問題は、日本の未来を左右する重要な課題であり、教育現場だけでなく、保護者、企業、そして社会全体が連携し、継続的に改善策を模索していく必要があります。単にテストの点数を上げるだけでなく、これからの時代に必要な「生きる力」としての学力をどう育んでいくかが問われています。
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