我が国における「就職氷河期世代」は、1990年代半ばから2000年代前半にかけてバブル経済崩壊後の経済低迷期に社会に出た世代を指し、新卒時に正規雇用として就職することが極めて困難であった人々です。この世代が経験した困難は、個人のみならず社会全体に深刻な「後遺症」をもたらし、現在も解決すべき多くの課題を抱えています。
1. 就職氷河期世代がもたらした後遺症の影響
就職氷河期世代が直面した困難は、多岐にわたる深刻な後遺症を生み出しています。
(1) 個人の生活・キャリアへの影響
非正規雇用の固定化と所得の低迷:
新卒時に正規雇用を得られず、やむなく非正規雇用(契約社員、派遣社員、アルバイトなど)として働き始めた多くの人々が、その後も正規雇用への転換が困難な状況に陥りました。
これにより、給与水準が低く抑えられ、ボーナスや退職金、昇給の機会も限られるため、所得が安定せず、将来設計が描きにくい状況が続いています。
キャリア形成の遅れとスキルアップの機会損失:
非正規雇用では、OJT(On-the-Job Training)や研修などのキャリアアップの機会が少ない傾向にあります。
専門的なスキルや経験を積む機会が乏しいため、年齢を重ねるごとに正規雇用への転職がさらに困難になる「キャリアの袋小路」に陥るケースが多く見られます。
貧困と経済的困窮のリスク:
低所得や不安定な雇用形態が続くことで、貯蓄が十分にできず、老後の生活資金への不安が深刻です。単身者の高齢化や、配偶者との共働きができない家庭では、老後に貧困に陥るリスクが高まります。
結婚・出産・子育ての遅れや断念:
経済的な不安定さは、結婚や出産、子育てといったライフイベントを遅らせる、あるいは断念せざるを得ない要因となりました。
これにより、少子化の加速にも間接的に影響を与えています。
精神的健康問題:
長期にわたる経済的不安、キャリアの停滞、自己肯定感の低下は、うつ病などの精神疾患や孤立を招きやすい状況を生んでいます。社会との接点が希薄になり、支援を求める声も上げにくい場合があります。
(2) 社会全体への影響
労働力人口の減少と高齢化社会への拍車:
就職氷河期世代が正規雇用として十分に活躍できなかったことは、社会全体の労働力供給に影響を与え、生産性の向上を阻害しています。
この世代の非正規雇用者が増えることで、将来的な年金財政や医療・介護保険制度への負担が増大する懸念があります。
消費の低迷と経済成長の鈍化:
所得の伸び悩みが続けば、消費活動が停滞し、経済全体の活性化を阻害します。これは内需拡大を必要とする日本経済にとって大きな足かせとなります。
社会の分断と格差の固定化:
正規雇用者と非正規雇用者の間の所得格差や待遇格差は、社会の分断を深め、世代間の不公平感を生み出しています。一度生じた格差が次の世代に引き継がれ、固定化するリスクもあります。
人材不足と技術継承の課題:
特定の業界や職種において、若手から中堅へと円滑な人材供給が行われなかったため、技術やノウハウの継承に支障が生じているケースがあります。
特に中小企業では、人手不足と熟練技術者の不足が深刻化しています。
2. 解決すべき課題
就職氷河期世代が抱える問題は根深く、多角的なアプローチによる解決が求められます。
(1) 就労支援の強化と正規雇用化の推進
再チャレンジ支援の拡充:
現役世代の就職氷河期世代に対して、正規雇用を目指すための職業訓練、ITスキルなどの専門スキル習得支援、キャリアコンサルティングを強化し、個々のニーズに合わせたきめ細やかな支援が必要です。
特に、デジタル化の進展に対応できるリスキリング(学び直し)プログラムの提供が重要です。
企業へのインセンティブ付与:
就職氷河期世代を正規雇用で採用する企業に対し、助成金や税制優遇などのインセンティブを強化し、採用を促進すべきです。
企業文化として多様な人材を受け入れる意識改革を促すことも重要です。
年齢にとらわれない採用の促進:
新卒一括採用や年齢を重視する採用慣行を見直し、個人の能力や経験を重視した採用を社会全体で推進する必要があります。
(2) 経済的基盤の安定と生活保障
最低賃金の引き上げと同一労働同一賃金の徹底:
非正規雇用者の所得向上を目的として、最低賃金を引き上げるとともに、正社員と非正規社員の間の不合理な待遇差を是正する「同一労働同一賃金」の原則をより実効性のあるものにする必要があります。
社会保障制度のセーフティネット強化:
失業給付、住宅補助、生活保護などのセーフティネットを強化し、経済的に困窮する就職氷河期世代が安心して再起を図れるような支援体制を整える必要があります。
特に、年金制度における加入期間や受給資格の問題など、将来的な生活保障への不安を解消する施策が求められます。
(3) 精神的・社会的支援の強化
相談窓口の拡充とアウトリーチ支援:
孤立しがちな就職氷河期世代に対し、就労支援だけでなく、心の健康に関する相談窓口を拡充し、積極的に支援が必要な人々に働きかけるアウトリーチ支援を強化する必要があります。
地域コミュニティやNPOとの連携も重要です。
社会とのつながりを創出する場の提供:
地域の公民館や交流センターなどを活用し、学び直しや趣味活動を通じて、社会とのつながりを再構築できる場を提供することが有効です。
(4) 政策の一貫性と継続性
長期的な視点での国家戦略:
就職氷河期世代の問題は一朝一夕には解決しないため、政権交代に左右されない長期的な国家戦略として、一貫性のある政策を継続的に実施することが不可欠です。
政府は「就職氷河期世代支援プログラム」を推進していますが、その実効性を高めるために継続的な見直しと予算確保が必要です。
就職氷河期世代が抱える課題は、単なる個人の問題ではなく、日本社会全体の構造的な課題を映し出しています。この世代が抱える後遺症を解消し、再び社会の担い手として活躍できる環境を整備することは、少子高齢化が進む日本にとって喫緊かつ最重要の課題であると言えるでしょう。
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