ノーベル賞受賞者で国民栄誉賞を受賞した例
まず、国民栄誉賞を受賞したノーベル賞受賞者の例を挙げさせていただきます。
- 湯川秀樹氏(物理学賞): 1977年に最初の国民栄誉賞を受賞した王貞治氏に次いで、昭和53年(1978年)に受賞。
- 福井謙一氏(化学賞): 昭和58年(1983年)に受賞。
- 朝永振一郎氏(物理学賞): 昭和60年(1985年)に受賞(没後)。
これらの例からもわかるように、ノーベル賞受賞者が国民栄誉賞の対象から外れるわけではありません。
「全員が受賞しない」理由と国民栄誉賞の性質
それでは、「なぜノーベル賞受賞者全員が国民栄誉賞を受賞しているわけではないのか」という点について、国民栄誉賞の性質と照らし合わせて具体的に解説します。
国民栄誉賞は、以下の目的で創設された内閣総理大臣表彰です。
「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」
この目的文の中に、ノーベル賞受賞者が必ずしも国民栄誉賞を受賞しない理由が隠されています。
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「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与える」という基準の主観性:
- ノーベル賞は、その分野における学術的な業績の客観的かつ国際的な評価に基づいて授与されます。
- 一方、国民栄誉賞は「国民に敬愛され」「社会に明るい希望を与える」という、より情緒的で主観的な要素が強く求められます。これは、その業績がどれだけ一般大衆に認知され、感動を与えたか、社会全体にポジティブな影響を与えたか、という視点です。
- 学術研究の成果は、その分野の専門家には絶賛される一方で、一般の国民にはその深遠さが十分に理解されにくい場合があります。そのため、ノーベル賞級の偉業であっても、「広く国民に敬愛され」という基準に合致しないと判断されるケースがあると考えられます。
- 例えば、研究者がメディア露出を好まない、あるいは研究内容が専門的すぎて一般には伝わりにくいといった事情も関係するかもしれません。
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「時の政権の判断」が大きく影響する:
- 国民栄誉賞は、法的根拠に基づく栄典(勲章や褒章など)とは異なり、内閣総理大臣の裁量が非常に大きい表彰です。
- 授与の判断は、その時々の内閣総理大臣の意向や、政治的な判断、あるいは世論の動向によって左右されることがあります。
- ノーベル賞受賞が続くと、その都度国民栄誉賞を授与するかどうかという判断が求められますが、全てのケースで授与が適切だと判断されるとは限りません。
- 例えば、同時期に複数のノーベル賞受賞者が現れた場合、全員に授与するのか、あるいは特に国民的な注目度が高い人物に絞るのかといった判断が生じることもあります。
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受賞者側の意向(辞退の可能性):
- 国民栄誉賞は、必ずしも全ての人が喜んで受け入れるわけではありません。過去には、イチロー氏や福本豊氏のように、受賞を辞退した著名人も存在します。
- ノーベル賞受賞者の中にも、学術的な業績こそが本質であり、それ以外の「栄誉」は不要と考える研究者もいるかもしれません。また、公的な表彰を受けること自体を好まない、あるいは政治利用されることを懸念する方もいる可能性もあります。
- 辞退の打診があったとしても、それが公表されることは稀であるため、我々がその事実を知る機会はほとんどありません。
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既に別の栄典を受けている場合:
- ノーベル賞受賞者は、多くの場合、文化勲章や文化功労者といった、より格式の高い日本の栄典を受章しています。
- 国民栄誉賞は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与える」という特定の目的を持つ賞であり、既にその功績が他の形で十分に顕彰されていると判断される場合、あえて国民栄誉賞を重ねて授与する必要はない、と判断される可能性も考えられます。ただし、これは明確なルールではありません。
まとめ
国民栄誉賞は、ノーベル賞受賞者を含む「国民に大きな影響を与えた人物」を顕彰する賞ですが、ノーベル賞とはその目的や選定基準が異なります。
- ノーベル賞: 学術的・客観的な「業績」が最重要。
- 国民栄誉賞: 「国民への影響」や「社会への希望」という、より主観的・情緒的な要素が重視され、時の政権の判断が大きく影響する。
したがって、全てのノーベル賞受賞者が国民栄誉賞を受賞するわけではないのは、国民栄誉賞が持つ独自の性質と、その選定プロセスによるものだと理解できます。
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