司馬遼太郎の『夏草の賦』は、戦国時代から安土桃山時代にかけて、土佐(現在の高知県)から身を起こし、一代で四国を統一した武将、**長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)**を主人公とした歴史小説です。
この小説の大きな特徴は、以下の点にあります。
主人公・長宗我部元親の人間像:
司馬遼太郎は、土佐の片田舎の小領主だった元親が、いかにして四国を平定するほどの人物に成長したかを描いています。単なる勇猛な武将としてではなく、深謀遠慮に長け、政治にも優れた一面を持った人物として描かれています。また、織田信長の妹と縁を持つ妻・菜々との交流を通して、人間味あふれる内面も描かれています。
中央と辺境の対比:
京を治め天下統一を進める織田信長と、僻遠の地・土佐から四国制覇を目指す元親の対比が、物語の大きな軸となっています。元親は、中央の趨勢を握る信長との間で、権謀術数の限りを尽くしながら、野望を追求していきます。しかし、信長にとって四国は単なる征服対象であり、やがて両者の関係は決裂に向かいます。
「夏草の賦」というタイトルに込められた意味:
タイトルは、夏に生い茂った草が、やがて枯れてしまうように、武将の夢や野望がはかなく散っていく様を暗示しています。物語のクライマックスは、元親と信長の対立が激化する中で、本能寺の変が勃発し、信長が倒れるという歴史的な出来事と重なります。その後、豊臣秀吉の天下となり、元親は秀吉政権に屈することになります。この、天下に届きそうで届かなかった元親の「無念の生涯」が、このタイトルの意味を深くしていると言えるでしょう。
単なる戦記物ではなく、戦国の動乱期を生き抜いた一人の男の生涯と、その夢が露と消えていくさまを描いた、哀愁漂う歴史小説と言えます。
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