刑事事件において、故意と過失は、犯罪の成立や科される刑罰を決定する上で非常に重要な要素です。この2つの判断は、行為者の「内心」に関わるため直接証明することは困難ですが、裁判においては、その行為を取り巻く客観的な事実や状況証拠に基づいて総合的に判断されます。
故意と過失の基本的な違い
| 項目 | 故意(「わざと」) | 過失(「うっかり」) |
| 定義 | 犯罪事実を認識し、その結果が発生しても構わないと認容して行為すること。 | 結果の発生を予見できたにもかかわらず、注意義務を怠って結果を発生させてしまうこと。 |
| 刑法上の原則 | ほとんどの犯罪は故意犯を処罰するのが原則。 | 過失犯が処罰されるのは、法律に特別の規定がある場合に限られる。 |
| 例 | 相手を傷つけようと思って殴り、怪我をさせた場合(傷害罪)。 | 運転中によそ見をして、不注意で人を轢いて怪我をさせた場合(過失運転致傷罪)。 |
故意の判断基準
故意は行為者の内心にあるため、「そんなつもりはなかった」と主張された場合でも、以下の客観的な証拠から総合的に判断されます。これを未必の故意と呼び、結果の発生を確実には予測していなくても、「もしそうなっても仕方ない」と認容していたと判断されれば、故意犯として処罰されます。
凶器や手段の危険性: 凶器の種類(刃物か鈍器か)、その使用方法(体のどこを狙ったか、攻撃の回数・強度など)。例えば、鋭利な刃物で心臓を狙って刺した場合、殺人の故意があったと判断されやすいです。
犯行前後の言動: 犯行直前の動機や発言(例:「殺してやる」といった脅迫)、犯行後の行動(救護措置をとらなかった、逃走したなど)。
負傷の部位や程度: 被害者の傷の深さや数、致命傷となる可能性のある箇所(例:首、胸部など)が狙われているか。
状況や動機: 犯行に至った経緯、被害者との関係性、強い怨恨があったかなど。
過失の判断基準
過失の有無は、結果の発生を予見できたか(予見可能性)と、それを回避できたか(回避可能性)の2つの観点から判断されます。
予見可能性: 一般的な人が、その状況下で行為を行えば結果が発生する可能性があると認識できたか。
回避可能性: 予見できた結果を避けるために、注意を払うことができたか。そして、その注意を怠ったか。
例えば、歩きスマホをしていて他人にぶつかり怪我をさせた場合、「歩きスマホをすれば人にぶつかる可能性がある」という予見可能性と、「スマホを見ずに前を見て歩くことでぶつかることを回避できた」という回避可能性があったと判断され、過失が認められることになります。