輪島塗の製作工程は、大きく「木地」「下地」「上塗」「加飾」の4つに分かれており、それぞれ高度な専門技術を持つ職人たちの分業制によって、124にも及ぶとも言われる長い時間をかけて完成します。
特に下地工程で「地の粉(じのこ)」を用いること、そして「布着せ(ぬのきせ)」による補強を行うことが、輪島塗の最大の特徴である堅牢さを生み出しています。
以下に、主要な工程を具体的に解説します。
1. 木地(きじ)工程
漆器の土台となる木の部分を作る工程です。
原木乾燥・製材:
伐採した原木(アテ、ケヤキ、ヒノキなど)を、まず数年間かけてしっかりと自然乾燥させます。狂いが生じないよう、時間と手間をかけます。
荒削り・成形:
乾燥させた木材を、製品の形に合わせて荒削りし、さらに乾燥を挟んでから、カンナやノミ、小刀など専用の道具を使い分けて、少しずつ正確に削り出し、美しい形に成形します。
組立て:
部品を組み合わせ、漆と米糊を混ぜた「刻苧(こくそ)漆」などで接着します。
2. 下地(したじ)工程
木地を補強し、堅牢な漆器の土台を作る、輪島塗にとって最も重要な工程です。この工程に手間をかけることで、輪島塗は「丈夫で長持ちする」という特徴を持ちます。
木地固め(きじがため):
木地全体に生漆(きうるし)を刷毛で塗り込み、木地に吸い込ませて固め、腐敗を防ぎ、強度を高めます。
布着せ(ぬのきせ):
お椀の縁や高台など、特に欠けやすい部分や強度が不足している箇所に、麻布や寒冷紗(かんれいしゃ)を漆で貼り付けて補強します。これも輪島塗ならではの技法です。
惣身(そうみ)地付け(地の粉地付け):
輪島塗の核となる工程です。珪藻土を焼いて砕いた「地の粉(じのこ)」(珪藻土は輪島特産)と生漆、米糊を混ぜたものを塗り込みます。
この作業は「一辺地(いっぺんじ)」「二辺地(にへんじ)」「三辺地(さんへんじ)」と、塗り、乾燥、研ぎを繰り返す3段階で行われ、木地を分厚く、強固にしていきます。
研ぎ:
塗った下地を砥石や研ぎ炭で水研ぎし、表面を平滑に整えます。
3. 中塗・上塗(なかぬり・うわぬり)工程
中塗(なかぬり):
下地と上塗りの接着を良くし、また下地層をさらに堅く締めるために、精製された中塗漆を塗ります。
上塗(うわぬり):
漆器の最終的な色と艶を決定する仕上げの塗装です。
ホコリや塵を徹底的に排除した「塗師風呂(ぬしぶろ)」と呼ばれる湿度の高い部屋で、熟練の職人が「上塗漆」をムラなく均一に塗り上げます。上塗りの美しさが職人の腕の見せ所となります。
4. 加飾(かしょく)工程
上塗りされた器に装飾を施す工程です。代表的な技法は以下の2つです。
沈金(ちんきん):
沈金師(ちんきんし)が、塗り上がった漆の表面を、鋭利なノミを使って文様や絵柄を彫り込みます。その溝に生漆を塗り、金箔や金粉を押し込んで定着させます。一度彫るとやり直しがきかない、高い集中力と技術を要する技法です。
蒔絵(まきえ):
蒔絵師(まきえし)が、漆をつけた筆で器に文様を描き、その漆が乾かないうちに金粉や銀粉などを「蒔き筒」という道具で蒔きつけて装飾を施します。螺鈿(らでん)のように貝殻を埋め込む技法も含まれます。
呂色(ろいろ)
加飾後に、塗面を研ぎ、生漆を摺り込む作業を繰り返すことで、漆本来の深く艶やかな光沢(鏡のような透明感)を引き出す、研磨の仕上げ技法です。
これらの工程を経て、輪島塗は完成に至ります。全ての工程に専門の職人が関わり、長いものでは1年以上の時間をかけて一本の漆器が生まれます。