2025年6月19日木曜日

インドでの カースト制度とIT・エンジニアリング分野の出現

 インドにおけるカースト制度は、現代においても人々の生活に根強く影響を与えていますが、IT・エンジニアリング分野の出現は、この伝統的な社会構造に新たな変化をもたらしました。同時に、この新しい機会は、別の形で「超学歴社会」という現象を生み出しています。

1. カースト制度とIT・エンジニアリング分野の出現

カースト制度の根強さ:

インドのカースト制度は、紀元前から存在するヴァルナ(バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラ)と、さらに細分化されたジャーティ(職業や地縁に基づく集団)からなる身分制度です。1950年代に法律上は廃止されたものの、特に農村部や伝統的な職業においては、いまだに結婚相手の選択や職業選択に影響を及ぼすことがあります。特定のカーストに属することで、教育やキャリアの機会が制限される場合があるのも現状です。

IT・エンジニアリングがもたらした変化:

IT産業やエンジニアリングといった分野は、カースト制度が確立された時代には存在しませんでした。そのため、これらの新しい職業は、カーストの縛りから比較的自由な領域として出現しました。

  • 能力主義の導入: IT業界は、出身カーストや家庭背景よりも、個人の能力、スキル、努力が直接的に評価される傾向が強いです。優れたプログラミングスキルや問題解決能力があれば、たとえ低いカースト出身であっても、高収入の職に就き、社会的地位を向上させるチャンスが得られるようになりました。
  • 「カーストを飛び越える」機会: 伝統的な職業世襲の慣習がある中で、IT産業は若者に新たな可能性を示しました。これにより、多くのインドの若者が、自身の努力と能力で未来を切り開くためにIT業界を目指すようになりました。
  • グローバルな市場への接続: インドのITサービスは、人件費の安さ、英語力の高さ、理数系人材の豊富さを強みとして、国際市場で大きく成長しました。これにより、インド国内のカースト制度の枠を超え、世界的な舞台で活躍できる道が開かれました。GoogleのCEOスンダー・ピチャイ氏やMicrosoftの会長兼CEOサティア・ナデラ氏など、インド出身のIT業界のトップリーダーが多数存在することも、この変化を象徴しています。

2. 超学歴社会の出現

IT・エンジニアリング分野がカーストの壁を越える機会を提供した一方で、この分野で成功するためには高い教育レベルが必要となるため、結果として**「超学歴社会」**の側面が強まりました。

  • 競争の激化: IT分野の高収入や社会的地位への期待から、多くの若者がこの分野を目指すようになりました。これにより、名門大学のIT・工学系学部への入学競争が非常に激しくなっています。
  • エリート教育への集中: インドには、IIT(インド工科大学)に代表される世界トップクラスの工科大学があり、これらの大学は非常に難易度が高いことで知られています。これらのエリート大学を卒業することは、国内外の優良企業への就職に直結するため、多くの学生が幼少期から熾烈な受験競争に挑みます。
  • 教育格差の拡大: 学歴が将来の社会的地位や成功に直結するとされるインドでは、質の高い教育を受けることが重要視されます。しかし、経済力のある家庭の子どもは私立学校や予備校に通い、質の高い教育を受けることができる一方で、貧しい家庭の子どもは公立学校の教育水準が低いという問題に直面することがあります。これにより、初等教育の段階で既に「輪切り」にされるような教育格差が生じ、それが将来就ける仕事にも影響を与えるという指摘もあります。
  • STEM分野への注力: インドでは、工学部や医学部などのSTEM(科学、技術、工学、数学)分野への進学が奨励されており、国としても戦略的にIT人材の育成に力を入れています。小学校からプログラミング教育が導入されたり、中学・高校でAIなどに関する科目が提供されたりするなど、早期からのIT教育が推進されています。

まとめ:

インドのIT・エンジニアリング分野は、伝統的なカースト制度の制約を超えて、個人の能力と努力によって成功を掴む新たな道を開きました。これは社会的な流動性を高めるポジティブな変化です。しかしその一方で、この新しい機会を最大限に活用するためには、質の高い教育を受けることが不可欠となり、結果として教育における競争が激化し、別の意味での「超学歴社会」が形成されています。つまり、カーストの壁は低くなっても、高学歴という新たな「壁」が立ちはだかる側面も持っていると言えるでしょう。

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