課題解決型学習(PBL)の実例:スマートシティ構想と地域課題
課題解決型学習(Project-Based Learning, PBL)は、現実世界の問題をテーマに、学生が主体的に解決策を探求する学習方法です。単なる知識の詰め込みではなく、自ら考え、調査し、議論し、実行するプロセスを通じて、実践的なスキルと深い学びを得られます。
ここでは、大学の工学部や情報学部の学生が取り組む**「地域におけるスマートシティ構想」**を例に、PBLがどのように実践されるかを具体的に説明します。
PBLテーマ:高齢化が進む地域におけるスマートシティ構想の実現
【背景にある課題】
ある地方都市では、人口減少と高齢化が深刻で、公共交通の衰退による「買い物難民」の増加、地域医療のひっ迫、独居高齢者の見守り問題、空き家の増加などが顕在化しています。一方で、地域には豊かな自然や歴史的資源があり、IoTセンサーの導入や再生可能エネルギーの活用余地もあります。
【学習目標】
このプロジェクトを通じて、学生は以下の能力を習得することを目指します。
問題発見・分析能力: 地域の課題を多角的に分析し、本質的な原因を特定する。
情報収集・活用能力: 地域のデータ(人口統計、交通量、医療データなど)や最新のスマートシティ技術に関する情報を収集・分析し、活用する。
専門知識の応用力: AI、IoT、データサイエンス、ネットワーク技術、再生可能エネルギーなどの専門知識を組み合わせて、具体的な解決策を考案する。
提案・プレゼンテーション能力: 解決策を論理的に整理し、説得力を持って発表する。
チームワーク・コミュニケーション能力: 異なる専門分野の学生と協力し、意見を調整しながらプロジェクトを推進する。
倫理観・社会貢献意識: 技術が地域社会に与える影響を考慮し、持続可能な解決策を追求する。
【実践内容】
グループ編成とオリエンテーション(2週間)
学生は5~6人程度のグループに分かれ、教員からプロジェクトの概要と地域が抱える大まかな課題についての説明を受けます。
各グループは、地域課題の中から特に解決したい具体的なテーマを話し合い、絞り込みます(例:高齢者の移動支援、地域医療の効率化、防災システムの強化など)。
この段階で、学生は基本的なスマートシティの概念や関連技術について、文献やオンラインで自主的に学習を開始します。
現状分析と課題の深掘り(4週間)
フィールドワーク: グループごとに実際に地域を訪問し、自治体の担当者、地域の住民、商店街の人々、医療機関などからヒアリングを行います。地域の現状、困りごと、ニーズなどを肌で感じ、生の声を聞くことで、データだけでは見えない課題を抽出します。
データ収集・分析: 公開されている統計データ(人口動態、高齢化率、公共交通の利用状況など)や、地域のインフラ情報などを収集・分析し、ヒアリング内容と照らし合わせて課題の背景にある要因を特定します。
先行事例研究: 国内外のスマートシティの成功事例や失敗事例を調査し、自地域の課題解決に応用できるヒントを探します。
中間発表: これまでの調査結果と、解決すべき具体的な課題を教員や他のグループに発表し、フィードバックを受けます。
解決策の立案と技術選定(6週間)
ブレインストーミング: 特定した課題に対し、AI、IoT、データサイエンス、再生可能エネルギーなどの技術をどのように活用できるかをグループ内で自由にアイデアを出し合います。
技術的実現性の検討: 出てきたアイデアについて、技術的な実現可能性、費用対効果、導入の障壁などを検討し、実現性の高い解決策を絞り込みます。
例:高齢者の移動支援
課題: 公共交通が不便、買い物に行けない、病院に通えない。
解決策のアイデア:
AIを活用したオンデマンド型乗り合いタクシーシステム
IoTセンサー付き電動カートのシェアリングシステム
ドローンによる買い物支援(過疎地向け)
選定例: AIを活用したオンデマンド型乗り合いタクシーシステムに決定。スマートフォンの操作が苦手な高齢者向けに、電話や音声アシスタントでの予約システムも組み込む。
システム設計の具体化: 選定した解決策について、必要なシステム構成(使用するセンサー、ネットワーク、サーバー、AIモデルなど)や、サービスの利用フローなどを具体的に設計します。
プロトタイピング(一部実践): 簡易的なプロトタイプやシミュレーションを作成し、機能や使い勝手を検証します。例えば、IoTセンサーのデータ収集・可視化の試作、AIモデルの簡単なデモ、アプリの画面遷移のモックアップなど。
提案書・プレゼンテーション資料作成と最終発表(4週間)
提案書の作成: これまでの活動で得られた知見を基に、課題解決の具体的な提案書(課題、解決策の概要、システム構成、期待される効果、予算、導入スケジュールなど)を作成します。
プレゼンテーションの準備: 最終発表に向けて、分かりやすいプレゼンテーション資料を作成し、効果的な発表練習を繰り返します。教員や他の学生からのフィードバックを受けて改善します。
最終発表会: 地域自治体の担当者や関連企業の担当者などを招き、各グループが提案内容を発表します。質疑応答を通じて、専門家からの意見や厳しい視点に触れ、提案をさらに深めます。
このPBLで学生が「何を実践しているか」
このPBLでは、学生は以下のような具体的な「実践」を経験します。
課題の「当事者」になる: 書籍や講義で学ぶだけでなく、実際に地域の人々の声を聞き、現状を肌で感じることで、課題を「自分ごと」として捉え、解決への強い意欲を持つ。
「正解のない問い」に向き合う: 教科書に載っているような明確な答えがない現実の課題に対して、多様な情報からヒントを探し、試行錯誤しながら自分たちなりの解決策を導き出す。
理論と技術の「統合」: AIやIoTといった個別の技術知識だけでなく、それらを組み合わせて複雑なシステムを構築し、社会課題解決にどう応用するかという「統合的な視点」を養う。
「チームで創造する」経験: 異なる専門性を持つメンバーと協力し、意見の衝突や役割分担の困難を乗り越えながら、一つのものを創り上げるプロセスを経験する。
「アウトプットとフィードバック」の循環: 中間発表や最終発表を通じて、自分たちのアイデアを他者に伝え、フィードバックを受けて改善するという実践的なサイクルを回す。
このPBLは、学生が将来、複雑で予測不可能な社会で活躍するために必要な、自律的な問題解決能力、実践力、コミュニケーション能力、そして倫理観を総合的に育む貴重な機会となります。
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