トヨタ生産方式(Toyota Production System: TPS)は、トヨタ自動車が長年にわたる試行錯誤の末に確立した、独自の生産活動の運用方式です。その核心は「徹底的なムダの排除」と「造り方の合理性の追求」にあり、高品質な製品を効率的に生産することを目指しています。林南八氏(元トヨタ自動車取締役、技監)は、このTPSの理念と実践を国内外に広める上で、極めて重要な役割を担った「伝道者」として知られています。
トヨタ生産方式(TPS)の基本思想と2本の柱
TPSは、以下の2つの柱を基盤としています。
ジャスト・イン・タイム(Just In Time: JIT)
思想: 「必要なものを、必要な時に、必要な量だけ」生産・供給するという考え方です。
目的: 過剰な在庫を排除し、生産のムダをなくすことで、コスト削減、品質向上、生産の柔軟性向上を実現します。
実現方法:
後工程引取り方式: 各工程が後工程(顧客)から必要な部品や材料を必要な時に必要な量だけ引き取ることで、生産がムダなく連結されます。
かんばん方式: 後工程引取りを実現するための具体的なツールとして、「かんばん」と呼ばれる情報伝達ツールが用いられます。部品が使用されると、その情報がかんばんによって前工程に伝達され、必要な量の部品が補充される仕組みです。これにより、リアルタイムで在庫状況を把握し、過剰生産を防ぎます。
平準化生産: 需要の変動に対応しつつ、生産量を平準化することで、生産ラインの負荷を均一にし、ムダを最小限に抑えます。
自働化(にんべんの付いた自働化)
思想: 機械が異常を感知すると自動的に停止し、不良品の生産を防ぐとともに、問題の原因を明らかにする考え方です。単に「自動化(automation)」とは異なり、「人の働きを機械に置き換える」というニュアンスが込められています。
目的: 不良品の発生を未然に防ぎ、品質の作り込みを行います。また、異常を早期に発見し、原因究明と再発防止につなげることで、工程能力を高めます。
実現方法:
異常停止機能: 生産ラインや機械に異常(不良品の発生、機械の故障、材料切れなど)が発生すると、自動的に停止する仕組みを組み込みます。
異常の見える化: 異常が発生した際に、ラインが停止したり、警告灯が点灯したりするなど、誰にでも異常が分かるようにします。
なぜなぜ分析: 異常停止した際には、その場で「なぜ」を5回繰り返して真の原因を追求し、根本的な解決策を導き出します。
人と機械の分離: 機械が自動で動いている間は人が監視する必要がなくなり、人は他の作業に多能工として従事できるようになります。
7つのムダの排除
TPSでは、徹底的に排除すべき「ムダ」を以下の7つに分類しています。これらのムダをなくすことが、生産性の向上とコスト削減に繋がると考えられています。
作りすぎのムダ: 必要以上に早く、あるいは多く作りすぎること。最大のムダとされています。
手待ちのムダ: 作業者や機械が、次の作業や材料の到着を待っている状態。
運搬のムダ: 必要以上に物を移動させること。
加工のムダ: 本来不要な加工や工程を行うこと。
在庫のムダ: 過剰な原材料、仕掛品、完成品を抱えること。保管費用や品質劣化のリスクを伴います。
動作のムダ: 作業者が生産に直接寄与しない無駄な動き(探す、取る、持ち替えるなど)をすること。
不良・手直しのムダ: 不良品が発生し、その手直しや廃棄に時間とコストがかかること。
カイゼン(Kaizen)
TPSの重要な要素に「カイゼン」があります。「改善」と区別してカタカナ表記されることも多く、これは単に悪い部分を直すだけでなく、現状をより良くしていくという継続的な取り組みを意味します。現場の従業員一人ひとりが問題意識を持ち、日々小さな改善活動を積み重ねていくことで、生産性や品質を向上させていきます。
林南八氏の貢献
林南八氏は、トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一氏や鈴村喜久男氏らに師事し、TPSを現場で実践・体系化する上で中心的な役割を果たしました。特に彼の貢献は以下の点に集約されます。
TPSの現場での実践と深化: 大野氏の指導を受けながら、生産現場でTPSの原理原則を徹底的に適用し、その有効性を実証しました。例えば、頻繁に止まるベルトコンベヤーの繋ぎ目で「なぜ?」を繰り返すことで、真の原因を突き止め、改善に繋げたエピソードなどが知られています。
人材育成: 林氏は、単にTPSの知識を教えるだけでなく、従業員一人ひとりが自ら考え、改善に取り組む「意識」を育てることに注力しました。「どうしたらいいんですか」と聞かれても、安易に答えを教えず、「自分で考えろ」と促すことで、自立した思考能力を持った人材を育成しました。これはTPSが単なる生産技術ではなく、「人づくり」のシステムでもあるという側面を強く示しています。
国内外への伝道: トヨタの技監や取締役として、また退任後もコンサルタントとして、TPSの理念と実践を日本国内はもとより、世界中の企業や団体に広める活動に尽力しました。彼はTPSが単に製造業だけのものではなく、「原価低減」と「人財育成」という本質を持ち、あらゆる業種に応用できる普遍的な考え方であることを強調しました。
林南八氏の死去は、TPSの思想と実践を深く理解し、それを次世代に伝える貴重な存在を失ったことを意味しますが、彼が残した功績と教えは、今後も多くの企業や人々に影響を与え続けることでしょう。
TPSは、自動車産業だけでなく、様々な製造業、サービス業、さらには医療や行政の分野まで、世界中の組織で「リーン生産方式(Lean Production)」などとして応用され、その有効性が高く評価されています。
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