高齢者の加齢性難聴が「微笑みの病」と言われるのは、その症状の進行の仕方と、周囲の人や本人に与える心理的な影響が深く関係しています。具体的に詳しく解説します。
「微笑みの病」と呼ばれる理由
加齢性難聴は、その名の通り加齢によって引き起こされる難聴であり、主に以下の特徴があります。
- ゆっくりと進行する: 多くの病気のように急激に発症するのではなく、何年、何十年という時間をかけて少しずつ進行します。このため、本人も周囲も、初期の段階では聴力の低下に気づきにくい傾向があります。
- 高音域から聞こえにくくなる: 一般的に、高い周波数の音(例:女性や子どもの声、体温計の電子音、換気扇の音、電話の呼び出し音、小鳥のさえずりなど)から聞こえにくくなります。一方で、低い周波数の音(例:男性の声、車のエンジン音など)は比較的聞こえやすいことがあります。
- 「音は聞こえるが、言葉が聞き取れない」という特徴: 加齢性難聴の最も特徴的な点の一つです。音のボリュームは感じられても、言葉のニュアンスや子音(特に「さ」「た」「か」行など)が聞き取れず、会話の内容を正確に理解するのが難しくなります。これは、会話において重要な高音域の音が聞き取れなくなるためです。
これらの特徴が、「微笑みの病」と呼ばれる状況を生み出します。
- 本人の自覚のなさ: ゆっくり進行するため、本人は「聞こえにくい」という自覚がない場合があります。特に、家族や親しい友人との会話では、相手が難聴に配慮してゆっくり話したり、大きな声で話したりすることで、一時的に聞こえにくさを感じにくいこともあります。
- 「聞こえているふり」をしてしまう: 音が聞こえているのに内容が理解できないという状況が続くと、高齢者自身が「何度も聞き返すのは申し訳ない」「周りに迷惑をかけたくない」という思いから、聞こえているふりをして曖昧にうなずいたり、笑顔でごまかしたりすることがあります。これが「微笑み」の所以です。
- 周囲の誤解: 周囲からは、「聞こえていないのに笑っている」「話の内容を理解していないのに適当に返事している」と誤解され、**「話を聞いていない」「認知症が進んだのではないか」**などと思われてしまうことがあります。悪気がない笑顔が、かえって誤解を生む原因になるのです。
「微笑みの病」がもたらす具体的な影響
この「微笑みの病」は、単なる聴力低下に留まらず、高齢者のQOL(生活の質)に深刻な影響を及ぼします。
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コミュニケーションの困難:
- 会話の減少: 聞き取りにくいことで会話が億劫になり、徐々に人との会話を避けるようになります。
- 誤解の発生: 聞き間違いや聞き漏らしが増え、人間関係に亀裂が入ったり、孤立感を深めたりすることがあります。
- 家族の負担: 家族は何度も大きな声で話したり、内容を繰り返したりする必要があり、ストレスを感じることがあります。
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社会活動からの孤立:
- 友人との集まりや趣味の活動、地域行事などへの参加が減ります。会話が困難なために、自ら人との交流を避けるようになります。
- 社会から孤立することで、生きがいや活動の機会が失われ、生活の質が低下します。
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心理的な影響:
- 自尊心の低下: 聞こえないことへの引け目や、「自分は迷惑をかけている」という思いから、自尊心が傷つけられます。
- 不安やストレス: 会話への参加が難しくなることや、誤解されることへの不安やストレスが増大します。
- 抑うつ状態: 孤立感や自尊心の低下が長期化すると、うつ病の発症リスクが高まります。
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認知機能への影響:
- 近年、難聴と認知症の発症リスクとの関連が指摘されています。音が脳に伝わる情報量が減ることで、脳への刺激が減少し、認知機能の低下を招く可能性があると考えられています。
- 会話による脳の活性化が失われることも、認知機能低下の一因となります。
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危険察知の遅れ:
- 車のクラクションやサイレン、火災報知器の音など、危険を知らせる音が聞こえにくくなることで、事故や災害のリスクが高まります。
早期発見と適切な対応の重要性
「微笑みの病」という言葉が示すように、加齢性難聴は目に見えにくく、周囲も本人も気づきにくいからこそ、その影響は水面下で進行し、深刻な結果を招く可能性があります。
したがって、高齢者の加齢性難聴に対しては、以下のような早期発見と適切な対応が非常に重要です。
- 周囲の注意深い観察: 家族や周囲の人が、テレビの音量が大きい、聞き返すことが多い、話の途中で的外れな返事をすることが増えた、などの兆候に気づくことが大切です。
- 定期的な聴力検査: 特に60歳を過ぎたら、定期的に耳鼻咽喉科で聴力検査を受けることが推奨されます。
- 補聴器の活用: 適切な補聴器を使用することで、聴力を補い、コミュニケーションの質を向上させることができます。しかし、補聴器への抵抗感を持つ高齢者も多いため、専門家のアドバイスを受けながら、本人に合ったものを選択し、慣れるまでのサポートが重要です。
- コミュニケーションの工夫:
- 話しかける際は、相手の目を見て、ゆっくりはっきりと話す。
- 静かな環境で会話する。
- 聞き取りやすいように、少し大きめの声で話す(ただし、怒鳴るような大声は避ける)。
- 伝えたいことを短く、簡潔にまとめる。
- 必要に応じて、筆談やジェスチャーを併用する。
「微笑みの病」は、加齢性難聴が引き起こす見過ごされがちな、しかし深刻な問題を端的に表す言葉です。この言葉を理解し、高齢者の聴力低下に早期に気づき、適切な支援を行うことが、高齢者のQOL維持と社会参加のために非常に重要であると言えます。
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