はい、パブロ・ピカソも葛飾北斎をはじめとする日本美術から影響を受けているとされています。特に、以下の点が指摘されています。
1. キュビズムへの影響の可能性
最も興味深い指摘の一つは、北斎の作品がピカソの「キュビズム」に影響を与えた可能性があるという説です。
- 多角的な視点: キュビズムは、対象物を複数の視点から同時に捉え、それを一つの平面上に再構築する画法です。北斎の『富嶽三十六景』の一部に見られるような、一つの風景の中に異なる視点や時間の流れを組み込んだ構図は、キュビズムの萌芽とも解釈できる要素を含んでいます。例えば、『諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ滝』では、滝壺を真上から見下ろすような視点と、周囲の風景を捉える視点が融合しているようにも見えます。ピカソは、こうした北斎の大胆な空間把握やデフォルメに、従来の西洋絵画にはない新たな表現の可能性を見出したのかもしれません。
- 平面性: 浮世絵は、遠近法や陰影表現を排した平面的な描写が特徴です。キュビズムもまた、伝統的な遠近法を否定し、対象を平面上に展開することで、独自の空間表現を追求しました。この平面性への志向という点で、浮世絵とキュビズムには共通点が見られます。
2. 春画からの影響
北斎の春画、特に『喜能会之故真通(きのえのこまつ)』の中の「海女と蛸」は、ピカソの作品に影響を与えたという具体的な指摘があります。
- モチーフの類似: ピカソの1903年の素描《Dona i Pop (Woman and Octopus)》や《Le Maquereau(鯖)》といった作品には、女性とタコ(あるいはイカ)が絡み合うような描写が見られ、これは北斎の「海女と蛸」を彷彿とさせると言われています。
- 性的なテーマと象徴: ピカソは、自身の作品において性的なテーマや神話的なモチーフを多用しました。ミノタウロス(牛頭人身の怪物)を繰り返し描いたことなども、彼の作品における性欲や野生、そして人間の内面的な葛藤の象徴として解釈されます。北斎の春画が持つ、生々しくもユーモラス、そして時に幻想的な性表現は、ピカソの芸術的な探求に新たな視点を与えた可能性があります。
3. ジャポニスムの影響経路
ピカソが直接北斎の作品を所有していたかどうかは不明確な点もありますが、彼はジャポニスムの影響を強く受けていた当時のパリの美術界に身を置いていました。
- 同時代の画家たちからの影響: ピカソは、クロード・モネ、エドガー・ドガ、フィンセント・ファン・ゴッホなど、すでに浮世絵に魅了されていた画家たちの作品を通じて、間接的に日本美術に触れる機会があったと考えられます。彼らの作品に表れるジャポニスムの影響を通して、ピカソもまた日本美術の表現方法や美意識に気づいた可能性があります。
- 美術商やコレクターの影響: 当時のパリでは、サミュエル・ビングや林忠正といった美術商が積極的に日本美術を紹介しており、ピカソもそうした美術商やコレクターを通じて浮世絵や大津絵など、さまざまな日本美術に触れていたことが研究で明らかになりつつあります。
ピカソは、「良い芸術家は真似る。偉大な芸術家は盗む」という言葉を残したことでも知られています。これは、彼が自身の作品に他者からの影響を大胆に取り入れ、それを自身の芸術として昇華させていった姿勢を示しています。北斎の革新的な表現は、ピカソの独創的な芸術創造の一端を担った可能性は十分に考えられます。
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