2026年1月18日日曜日

菅原道真の漢詩に9月10日 がありますが、 これを具体的に解説してください。

 菅原道真の漢詩**『九月十日』**は、彼が太宰府へ左遷された翌年、人生のどん底の中で詠んだ傑作です。

前年の「9月10日」は、天皇の側近として華やかな宮中行事の中にいた。しかし今年の「9月10日」は、孤独な配流の身……。この**「対比」**が、読む者の心を強く打ちます。

具体的に内容を解説します。


1. 漢詩の全文と現代語訳

まずは、この詩の構成を見てみましょう。

【原文】

昨夜(さくや) 菊を賞して 恩賜(おんし)の衣(ころも)を拝す 今秋(こんしゅう) 独(ひと)り去って 千里の外(ほか) 鼎臣(ていしん) 久しからず 重陽(ちょうよう)の節(せつ) 九月十日 菊花(きくか)の時

【現代語訳】

去年の9月10日の夜は、宮中で菊の花を賞で、天皇から身に余る御衣(ぎょい)を賜りました。 しかし今年の秋、私は一人遠く離れた千里の果て(太宰府)へと去ってきました。 かつての重臣としての栄華は長くは続かず、今年もまた重陽の節句(9月9日)が過ぎたばかり。 今日、9月10日の菊の花が咲く時、私はただ一人、あの日の御衣を抱いて泣いています。


2. 詩に込められた「3つの対比」

この詩の美しさと悲しさは、徹底した対局の構図にあります。

  • 「去年」と「今年」 去年は最高の権力と栄誉の中にあり、今年はすべてを失った罪人の身であるという時間の対比。

  • 「都(中央)」と「太宰府(辺境)」 天皇のそばにいた輝かしい場所と、荒れ果てた遠い地という空間の対比。

  • 「集団」と「孤独」 多くの貴族に囲まれていた祝宴と、誰一人いない寂しい今の境遇という人間関係の対比。

3. 「恩賜の衣」に込められた忠誠心

この詩のクライマックスは、道真が**「天皇から頂いた服(御衣)」を今も大切に持っている**という描写です。

道真を陥れたのは藤原時平ら政治敵でしたが、道真自身は自分を遠ざけた醍醐天皇を一度も恨みませんでした。むしろ「いつか誤解が解け、またお仕えしたい」という切実な忠誠心を持ち続けていました。

冷え込む太宰府の夜、天皇の体温が残っているかのような「去年の服」を抱きしめ、その香りを嗅ぎながら涙する道真の姿は、当時の人々に多大な同情を呼びました。

4. なぜ「9月10日」なのか?

重陽の節句(菊の節句)は本来9月9日です。 しかし、道真はあえて翌日の**「10日」**を題名にしました。

  • 祭りの後の静けさ、虚脱感。

  • 「去年は9月10日に天皇から御衣を頂いた」という個人的で強烈な記憶。

  • 華やかな「ハレの日(9日)」が終わり、残酷な現実に戻る「日常(10日)」の対比。


空海と道真:二人の天才の視点

先ほどの「空海」の教えと対比すると興味深いです。 空海が「すべては宇宙の巡りであり、執着を捨てよ」と説いたのに対し、道真はこの詩において**「過去の栄光と、天皇への愛」という執着を捨てきれない人間臭さ**を見せています。

この「割り切れなさ」「悲しみ」があるからこそ、道真はのちに多くの日本人に共感され、神格化(天神様)されることになったと言えるでしょう。

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