葛飾北斎の「富嶽三十六景」は、江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849)が70代の頃に手がけた、富士山を題材とした連作浮世絵版画集です。
特徴と背景
- 題材と構成: 「富嶽三十六景」というタイトルですが、実際には当初の36図に加えて10図が追加され、全46図で構成されています。日本各地、様々な場所や季節、天候、そして時間帯から見た富士山の姿が描かれています。
- 制作時期: 天保2年(1831年)頃から、版元西村永寿堂から順次発表され、天保5年(1834年)頃までに刊行されたと考えられています。
- 人気の理由: 当時、富士山は信仰の対象として人々の間で「富士講」という参拝ブームが起こっていました。こうした社会的な風潮の中で、「富嶽三十六景」は爆発的なヒット作となり、風景画という新たなジャンルを浮世絵界に確立しました。
- 斬新な構図と描写: 北斎は、遠近法を巧みに用いたり、手前に大きく建物を配して遠景の富士山との遠近感を強調したり、あるいは対角線上いっぱいに構図をとるなど、奇抜で斬新な構図を多く取り入れました。また、人物や自然の生き生きとした描写も特徴です。
- 「ベロ藍」の活用: このシリーズの初期の作品では、当時ヨーロッパから日本に入ってきた新しい青い顔料である「ベロ藍(ベルリン・ブルー)」が多く使われています。藍色の濃淡だけで表現する「藍摺(あいずり)」の代表作も見られます。
- 世界への影響: 「富嶽三十六景」は、19世紀後半のヨーロッパで「ジャポニスム」と呼ばれる潮流を生み出し、ゴッホやヴュイヤールといった西洋の芸術家にも大きな影響を与えました。特に「神奈川沖浪裏」は世界的に有名で、2024年に発行される千円札の裏面にもデザインされています。
- 代表作: シリーズの中でも特に有名な作品として、「神奈川沖浪裏」「凱風快晴(赤富士)」「山下白雨(黒富士)」などが挙げられます。
「富嶽三十六景」は、単なる風景画の域を超え、日本人の心の中にある富士山の姿を描き出した、日本絵画を代表する傑作として今日まで愛され続けています。
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