ミネソタ州ミネアポリスにある「ビデ・マカスカ(Bde Maka Ska)」の名称変更は、単なる地名の書き換えではなく、米国の歴史的な象徴性を見直す大きな動きの一つとして注目されました。
これまでの経緯と変更に至った理由を整理して解説します。
1. 経緯:10年以上にわたる議論
名称変更は一朝一夕に決まったことではなく、地元住民や先住民団体による長い運動の結果でした。
2011年頃: 湖の周辺に、元の名称である「ビデ・マカスカ」を併記する看板が設置され、議論が表面化。
2017年: ヘネピン郡委員会が名称変更を全会一致で承認。
2018年: ミネソタ州天然資源局(DNR)が正式に名称を「ビデ・マカスカ」に変更。
2020年: 法的な異議申し立てにより一時混乱(DNRには名称変更の権限がないとする判決など)がありましたが、最終的にミネソタ州最高裁判所が**「DNRには名称変更の権限がある」**と認め、正式に決着しました。
連邦政府の認定: 米国地名委員会(BGN)もこれに従い、公式地図上の名称を更新しました。
2. 変更の理由:ジョン・C・カルフーンという人物
なぜ「カルフーン」という名前が拒絶されたのか、そこには彼が残した政治的足跡が深く関わっています。
奴隷制の擁護: 第7代副大統領を務めたジョン・C・カルフーンは、奴隷制を「必要な悪」ではなく**「積極的善(positive good)」**であると主張した熱烈な擁護者でした。
先住民追放政策の推進: 陸軍長官時代、彼は先住民を住み慣れた土地から強制的に移動させる政策を推し進めた人物でもあります。
土地との無縁さ: 彼はサウスカロライナ州の政治家であり、実際にこの湖を訪れたこともなければ、地域に直接的な貢献をしたわけでもありませんでした。
3. 「ビデ・マカスカ」に込められた意味
新しい(本来の)名称は、この土地に深く根ざした言葉です。
ダコタ族の言葉: 「Bde(湖)」「Maka Ska(白い土/泥)」を意味し、この地域に先住していたダコタ族が古くから呼んでいた名前です。
歴史の回復: 19世紀初頭、米軍の測量士がこの湖を「カルフーン」と名付けるまで、数世代にわたってこの名称が使われていました。
4. 社会的な背景
この事案は、2020年のジョージ・フロイド氏の事件以前から進んでいましたが、米国全体で進む**「過去の負の遺産(人種差別や植民地主義)」の清算**という大きな流れを象徴しています。
公共の場所に掲げられた人種差別主義者の銅像や地名を撤去し、先住民の歴史を尊重する姿勢を示すことで、コミュニティの和解を図る目的がありました。
現在の状況
現在、湖の周辺には「Bde Maka Ska」の文字が刻まれた標識が立ち、ミネアポリス市民や観光客にもこの名称が定着しています。
この件について、特定の法的な判決内容や、他の地域での似たような名称変更の例(デナリなど)についてさらに詳しく知りたいことはありますか?
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