古代ローマの博物学者プリニウスが残したとされる「ただ一つ確かなことは、確かなことは何もないことだ。」(ラテン語では "Certum est nihil esse certi")という言葉は、非常に奥深く、現代にも通じる普遍的な真理を示唆しています。これは、彼の著作『博物誌』に由来するとされていますが、厳密には彼の言葉を簡潔にまとめたもの、あるいは後世の解釈によって生まれた格言に近いと考えられています。
この言葉が意味すること
この言葉は、人間が知りうる知識や真実には限界があるという、哲学的な見解を表しています。
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知識の不確かさ:
私たちは常に物事を理解しようと努め、真実を探求しますが、どんなに深く探求しても、完全な真実には到達できないという考えです。新しい発見や情報によって、これまで正しいと信じていたことが覆されることは少なくありません。科学の歴史を見ても、かつては常識だった理論が、後になって間違いだと証明される例は数多くあります。
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変化と流動性:
世界は常に変化し続けており、何一つとして固定されたものはありません。確実だと思えることも、時間とともに変化したり、新たな側面が見つかったりする可能性があります。人生においても、確実だと思える計画や未来が、予期せぬ出来事によって変わってしまうことはよくあります。
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謙虚さの重要性:
この言葉は、人間が知識や理解において常に謙虚であるべきだと教えています。「これが絶対だ」「これ以外は間違っている」といった独断的な考え方を避け、常に疑問を持ち、新しい情報を受け入れる柔軟な姿勢を持つことの重要性を示唆しています。
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不確実性の中での生き方:
確かなものがないという事実は、一見すると不安に感じられるかもしれません。しかし、これは同時に、固定観念にとらわれずに、新しい可能性を探り、変化に適応していくことの重要性を示唆しています。不確実性を受け入れ、その中で最善を尽くすことこそが、賢明な生き方であるというメッセージも読み取れます。
プリニウスと『博物誌』の背景
ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)は、1世紀の古代ローマを生きた博物学者であり、政治家、軍人でもありました。彼の代表作である『博物誌』は、当時の自然科学、地理学、動物学、植物学、鉱物学、芸術、医学など、ありとあらゆる知識を20年以上にわたって集大成した全37巻からなる壮大な百科事典です。
彼は、自身の目で確かめ、文献を渉猟(しょうりょう)し、多くの人々の証言を集めてこの本を編纂しました。しかし、彼自身が直接経験できない膨大な情報を扱う中で、情報の正確性や信憑性(しんぴょうせい)について常に悩みを抱えていたことでしょう。様々な記述の中には、現代から見れば誤りであったり、伝説の域を出ないものも含まれています。
そのような中で、知識の限界や情報の不確かさを痛感し、その上で「ただ一つ確かなことは、確かなことは何もないことだ」という認識に至ったと考えられます。これは、彼が真摯に知識と向き合ったからこそたどり着いた、ある種の悟りの境地とも言えるかもしれません。
現代におけるこの言葉の意義
情報過多の現代において、この言葉はさらに重みを増しています。インターネットによって膨大な情報が手軽に手に入る時代ですが、その中には誤った情報や偏った見解も少なくありません。何が真実で、何がそうでないのかを見極めることが非常に難しくなっています。
プリニウスの言葉は、私たちが情報に接する際に、常に批判的な視点を持ち、安易に鵜呑みにせず、多角的に物事を捉えようとすることの重要性を教えてくれます。そして、絶対的な真実を求め続けるのではなく、不確実性を受け入れながら、学び続ける姿勢を持つことの大切さを改めて気づかせてくれるのです。
この言葉は、知識探求の永遠のテーマを問いかける、示唆に富んだ格言と言えるでしょう。
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