そのお話は歴史的事実です。
20世紀前半(特に1930年代〜1960年代)、米国ネバダ州(特にリノ市やラスベガス市)は、全米から速やかに離婚したい人を集める「離婚ビジネス(Divorce Tourism / 離婚観光)」を州の巨大な経済産業(財源)にしていました。
当時ネバダ州が展開していた「離婚ビジネス」の主な仕組みや背景は以下の通りです。
1. なぜネバダ州に人が集まったのか?
当時のアメリカの多くの州では、離婚を認める条件が非常に厳しく(配偶者の不貞行為の証明が必要など)、裁判手続きにも1年以上かかるのが普通でした。
そこでネバダ州は、他州から人を呼び込んで州内でお金を落としてもらうため、法律を以下のように変更しました。
- 居住要件の劇的な短縮:
ネバダ州に「6週間」滞在すれば、州民とみなして離婚申請を認める法律を1931年に制定(当初は半年〜3ヶ月だったものを世界恐慌期に6週間へ短縮)。 - 緩い離婚理由:相手の同意や複雑な立証が不要な「性格の不一致(Incompatibility)」などを理由とした離婚を簡単に認めました。
2. どうやって州や地元の財源・経済にしたのか?
「6週間の滞在手続き」が義務付けられていたため、全米からやってくる富裕層や有名人、一般市民がネバダ州に長期間滞在することになりました。
- 「離婚牧場(Divorce Ranch)」の発展富裕層や女性たちが6週間を快適に過ごすための宿泊施設(リゾート牧場やホテル)が激増しました。滞在者は乗馬やショッピング、カジノ、外食を楽しみ、地元にお金を落としました。
- 士業・サービス業の潤いと税収地元の弁護士、ホテル業者、飲食店、そして手続きの手数料や税金などが州や自治体の莫大な収入源となりました。
- カジノ解禁との相乗効果ネバダ州が賭博(カジノ)を合法化したのも、離婚手続きを「6週間」に短縮したのと全く同じ1931年です。離婚手続きのために滞在している人々にカジノで遊んでもらうことで、州の財源をさらに強力なものにしました。
3. なぜ廃れたのか?
1970年代に入ると、カリフォルニア州をはじめ全米の他の州でも「無過失離婚(双方に落ち度がなくても離婚を認める制度)」が導入され、わざわざネバダ州へ行かなくても地元で簡単に離婚できるようになりました。
これに伴いネバダ州の「離婚ビジネス」は役割を終えましたが、この時期に築かれた観光・娯楽のインフラが、現在の「世界的なIR・カジノ都市(ラスベガスなど)」の基礎となりました。